韓国のフィギュアスケート選手、キムヨナたんに関連するあれこれを韓国メディア記事中心に集めます!
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[リアルトーク]ポスト キム・ヨナ、クァク・ミンジョン
2010年04月30日 (金) | 編集 |
'ポスト キム・ヨナ'.クァク・ミンジョンを思い出させれば一番最初に浮び上がる修飾語だ。昨年シニアで昇格した後4大陸大会、オリンピック、世界選手権まで一年冬の間大型の国際舞台を順番どおり踏んだ。もう彼女の年齢16才.最年少年齢で出場したバンクーバーオリンピックで13位を記録して驚くべき可能性を見せた。 それで4年後ソチ オリンピックではキム・ヨナに続きまた、一度の金色朗報を伝えないだろうか大衆の関心が集まるのも無理ではない。

来る5月10日からブライアン・オーサーコーチと本格的な現地訓練に入るクァク・ミンジョンを彼女の家の近所コーヒーショップで会った。 冬の間できなかったお話、自身を囲んだ期待らに対する考えを虚心坦壊に聞いてみた。

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インタビューよりはおしゃべりに近かったというだろうか。 クァク・ミンジョンは彼女を可愛くて慎ましい多くの少女と考えた記者の先入観を破って始終一貫率直淡泊な応答でかえって記者を当惑させた。 インタビューずっとどんな質問にも特有の"はっはと~"とする笑うとみられて"他の選手が競技をやめて下さっておいて" "負担百倍" "かんしゃくいっぱい^^"等の新世代特有の才覚あふれて率直な返事を明るく吐き出した。 中低音の声によどみなく気さくな16才少女. それが実際に会ったクァク・ミンジョンに感じられる姿だった。

彼女に会った日は'KCCスウィチェンFesta on lce 2010'アイスショーが終わったことで次の日だった。自然にインタビューの会話の門はアイスショーに対することから始まった。

―昨日アイスショーが盛況裏に終わった。 世界選手権以後すぐに準備に入ったがたくさん惜しいようだ。

▲昨日終わって惜しい心に参加選手たちとホテルで夜中後始末をして今朝に家に来ました。 4大陸、オリンピック、世界選手権まで大型大会を三個も払ってすぐにアイスショーを準備したことだし疲労が累積した状態だったがヨナ姉さんと明け方まで惜しい心に寝付かなかったです。

―アイスショー舞台で'マシュマロウ'と'さらにボイス ウイード イン'二曲を見せた。 一つは可愛くて溌刺とした姿で、他の一つは成熟さが充満する女らしい振りつけだったがどんなのが本当にクァク・ミンジョンであろうか。

▲(手で遮って)本当に率直に二つとも私が本当にしてみなかった姿でした。 私が考える時私は可愛いことではないことの美少年的なイメージです。 二つの作品皆生きる恥ずかしくてしてみなかった振りつけだったんですよ。 恥ずかしくて恥ずかしくて…. 顔に鉄板敷いてしなければならないのに私はそれをできなかったんですよ。 'いつも出た踊りを踊れないで私は似合わないで'という考えを持っていたこと故にできないそうだと考えました。 ところで'今回本当にその壁を破ってみよう'という考えに公演前に'私はクァク・ミンジョンでない!'と自らを置いておいて踊ったことです。

―世界最大の舞台オリンピックが開かれる時ちょうどシニアで昇級した。 オリンピックに出場した時目標順位は本来何位だったか?

▲事実20位圏内外程度でだけ目標を定めましたね。 率直にオリンピック出場何週間前まで出て行くかもしれなくなっていました。 ところで昨年11月に開いた会長杯ランキング大会一等がバンクーバーオリンピック行くといいますよ。 完全にびっくりしましたよ。 最高の舞台に立つというのがとても震えますよ。 こういう舞台も立ってみるんだな。 フリースケーティングまで行けないとしてもクァク・ミンジョンのフィギュア人生は成功して考えましたよ。 ところでショートで二人の選手が競技をやめて下さっておいて私がショート14位にフリーまで進出するといいますよ。 また、一度びっくりしましたよ。 このように大きい舞台を踏んで見ることができるということだけ考えたところで順位は期待もしなかったが結局総合13位までしました。

―オリンピックが終わった後周辺の期待も高まった。 特に'ポスト キム・ヨナ'という修飾語がさらに強調されたようだ。 そこから来る負担も少なくなかったと思うんだって。

▲オウ~負担百倍^^. 私は私の人生で目標を今までよく盛り上げていると考えてきました。 ところで周辺ではキム・ヨナ姉さんが私の年齢だった時と比較して'あの子はちょっと違わなくて~'と考えられましたよ。 私はヨナ姉さんのように私が世界1位にならなければならないという考えまでしません。 そのまま クァク・ミンジョンというフィギュアスケーター行っていたよ、その選手はこういう色と強力な点があったよ程度? ところですでに人々が私の可能性を計算していましたよ。 あの子は今上手にしていることのようだがまだヨナほどは違わながる話をする時が最も負担になって大変です。

―世界選手権大会で低い点数を受けた。 涙を流したりもしたがひょっとしてそのような心的な負担が影響を及ぼしたのではないのか(来年世界選手権大会出場権3枚がクァク・ミンジョンの順位にかかったという話がかなり負担になったことという気がした).

▲トロントで 世界選手権大会を準備する時が最高でしたよ。 人々が今回私が出て行ってできなければ2枚で上手にすれば3枚であるから人々が'いっそクァク・ミンジョンが出て行かなければキム・ヨナが上手にして3枚なのに私必ず出て行かなければならないか'という話をするのを聞きました。 こんなにまで人々が話すのに私ができなくて2枚になれば率直に本当に私が出て行かないのがより良いことなのかという考えまでしました。 その時精神的にさらにできないという気がしますよ。 本当にイタリアでショートを準備する時の心はいっそショート落ちてフリーに出場しなかったら良いだろうのせました。

―そしてすぐにショートで負傷したが….

▲ショートの時私がしりもちをついたのではないですか。 その時は分からなかったがフリー練習を始める日朝痛みがひどすぎたのです。 歩くこともできないほど。 さらにフリー開始6分前ウォーミングアップ時は全く動くこともできない程の痛みが集まりました。 最初のジャンプを死ぬ力をつくして成功して2番目ジャンプを入らなければならない時苦痛がこのように激しいがどのように走るか突然怖くなりましたね。 私は痛くなくて私は痛くなくてずっと繰り返して言いました。 それにもかかわらず、全部走りました。 点数は率直に大いに低かったです。 回転数が足りないジャンプもありましたし。 終わって涙が出てきました。 私がこのように痛いが結局最後までやり遂げたということに感心で泣いて、考えてみるとそれでもそこまでしたが'なぜこのように点数低い!'といいながら腹が立って、また泣きましたよ。

―それでもまた、フリー競技出場権を取り出した。 負傷で棄権することもできたがどんな心だったか。

▲誰でもコンディションが良い時もあって良くない時もあるのに上手にする選手とできない選手の差は良くない時崩れるかしないかにあることのようです。 ヨナ姉さんがこの時までずっと良くしてきたのではないですか。 ところでヨナ姉さんも明らかに良くない時もありましたよ。 ところでやり遂げたということ、私もそのようにやり遂げるべきではないだろうか。 気を引き締めてほとんどフリーはジャンプ7個みな倒れるとしても最後まで競技をやり遂げるという覚悟に出て行きました。

この日総点120.47点を記録したクァク・ミンジョンは自身の最高記録の155.53点に35.06点が至らない点数を受けた。最初の課題の'トリプルルッツ+ダブル トルプ コンビネーション・ジャンプ'を成功しながら気持ち良い出発を見せたが以後のジャンプは全部失敗に終わった。

―オーサーコーチと師弟の間になったのも関心が高い。 もうトロント現地訓練を始め本格的に次のシーズンを準備すると知っている。

▲シニアにきたがまだジュニアらしくなります。 技術的な面は差がないのに表現力がまだジュニアで抜け出せなかったことのようです。 今回現地訓練でオーサーコーチと共にしてぎこちない表現力の部分を最も多く補完したいです。 オーサーコーチは本当に選手一人一人の個性と魅力をよく引き上げて下さる方です。 今回一週間程度私の動作を見た時間があったが私にさわやかで軽い身振りが長所だと激励して下さいましたよ。 外国生活がまだ見慣れなくて孤独だがいつも私の心をよく認められるヨナ姉さんとオーサーコーチがあるから心固く決めて離れるつもりですよ。^^

クァク・ミンジョンがインタビューして自ら繰り返し強調したことは"誰のように、迷惑九ぐらいという修飾語を付けたくない"であった。 ただクァク・ミンジョンのフィギュア人生を使うこと、1,2位にこだわるより自身が氷上の上で見せてあげることができる舞台の感動を見てくれということが彼女の要請だった。

"普通の人より体力が薬害冬に風邪でもかからないために始めたのがフィギュアでした。 今でも体力はフィギュア選手としては弱い方です。 それで私が今まで積み上げたすべての結果らが順位を離れて私には感謝して私がこれくらい耐え抜いたとのことが、その過程自体が金メダルの価であることのようです。^^私は冷静に話してヨナ姉さんぐらい優れた資質を持っていはしなかったようです。

しかしスケーターとしてヨナ姉さんとはまた違う思いの魅力をお見せする自信があります。 世界1位ができるかと思ってクァク・ミンジョンだけが持った長所と魅力をさらに多く見て下さい"

●クァク・ミンジョンは…

▲出生1994年1月23日
▲身体160cm40㎏
▲学歴軍浦修理高等学校在学
▲首相2010年第15回コカコーラ体育大賞新人賞、2010年第64回全国男女フィギュアスケーティング総合選手権大会女子シングル シニア部門2位

▲経歴2010第21回バンクーバー冬季オリンピック フィギュアスケーティング国家代表
▲ISU公認個人最高記録ショート:53.68点(2010前週4大陸大会),フリー:102.37点(2010年冬季オリンピック),総点:155.53点(2010年冬季オリンピック)

[日曜新聞 2010-04-29 16:39]  元記事はこちらから

※タイムリーにもミンジョンちゃんの記事(笑)。
明るくて、まっすぐで、やっぱりかわいいなあ。カナダで彼女と一緒に訓練すればヨナたんにもきっとプラスになる気がする。オーサーコーチの本格始動を受けての来シーズンが楽しみです^^
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