韓国のフィギュアスケート選手、キムヨナたんに関連するあれこれを韓国メディア記事中心に集めます!
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[インタビュー]クァク・ミンジョン“オリンピック舞台、事実震えました”
2010年05月01日 (土) | 編集 |
シニア デビュー初年度、フィギュア選手ならば誰でも夢見る冬季オリンピック本戦舞台に上がったクァク・ミンジョン(16・写真・スリ高)選手.韓国フィギュア界の次世代走者で次のシーズンさらに力強く非常だとするクァク・ミンジョン選手に会ってみた。

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▼長いインタビューなんでご興味あります方だけどうぞ~。


-こんにちは。 その間どのように過ごしましたか?

クァク・ミンジョン選手:“こんにちは。 カナダ現地訓練を控えて個人訓練をしています。 休んだりもしました。 知っている人らとカラオケも行ってボーリング場も行きました。”

-この頃はどんな部分を主に練習するんですか?

クァク・ミンジョン選手:“コーチ先生がないから。一人で乱されないように熱心にしています。”

クァク選手はまだ自身の人気をまともに実感したことはないような表情であった。自身のファンカフェとミニホームページを通じてある程度察したが、家と訓練場だけ行き来して見たら人々と直接対面する機会が多くないためだった。

-フェスタ・オン・アイスに現れたませてちゃっかりしているダンスが話題になりました。

クァク・ミンジョン選手:“韓国にくるやいなや分かる先輩姉さんと一緒に音楽を選んで塩辛いのです。 可愛く見て下さって感謝申し上げます。”

-衣装もよく似合ったが、普段衣装はどのように準備するんですか?

クァク・ミンジョン選手:“デザイナー先生が音楽に合うようにデザインすれば、変えたい部分があったり気に入る部分があれば申し上げる形でします。”

-今まで一番気に入る衣装があったんですか?

クァク・ミンジョン選手:“オリンピックに出て行った時着た衣装が一番気に入ります。”

クァク選手は時間が出ればコンピュータをする。 ファンカフェとミニホームページを入ってみる程度. 音楽もしばしば聞くのも好む。 この頃の歌手中では少女時代最も好むと。

-少女時代中で誰を一番好みますか?

クァク・ミンジョン選手:“テヨンと、ジェシカと、ソヒョン. 三人みな本当に好みます。”

記者が一人だけとってくれと言うとすぐにクァク選手はしばらくためらうと“(記事に)一人だけ書くでしょう?”と問い直した。 “そのようなこともある”と答えるとすぐに“テヨン”という答が帰ってきた。

クァク・ミンジョン選手:“事実少女時代直接見ることもできました。 オリンピック終わって氷上選手たちが集まったが、その時少女時代がきましたね。 ところでヨナ姉さんと私はトロントに行くのに行けなかったです。”

バンクーバー冬季オリンピックを終えたクァク選手は韓国にぴったり一日だけ留まってすぐにカナダに発った。 オリンピックでの成功でもし娘の心が乱れないだろうか心配したママ ノ・ソンヒ氏の決定だった。

-弟と顔を見る時間もないです。

クァク・ミンジョン選手:“私が起きればテヨン(弟)はすでに学校に行っていて、私が帰ってくるとその子は寝ていてそうします。”

-弟が姉を応援しましたか?

クァク・ミンジョン選手:“(断固として首を横に振った後)ところでかなり優しいです。 ママ パパが私にだけ気を使うことに対して不満を言うこともせず勉強も上手にしてそうします。”

ママ ノ・ソンヒ氏の表現を借りようとするなら弟テヨンは“子老人”だ。 姉だけ特別待遇するパパ ママに不満を持つことも一ケ所今まで不平をさく烈させたことがぴったり一度だけとのことだ。 クァク選手もそのような弟をより一層大切だと考えると。

ノ・ソンヒ氏:“ミンジョンが中学校2,3学年の時ぐらい一度は現地訓練を行ってきたが、弟の贈り物を一番高くついたことを買ってきましたよ。 それと共にする言葉が‘私の周辺に弟を持った選手たちを見れば全部みな弟が文句屋だよ、特に弟. ところでママ内弟はしなかったようで’それと共に‘他の子供たち弟を見ながら私の弟が優しいということを知ることになった’ということあります。”

-フィギュアが常に楽しくはないでしょう。 大変な時はどのように勝ち抜くんですか?

クァク・ミンジョン選手:“食べたいものをたくさん食べてそのままこらえます(笑い). 参考勝ち抜いてこそ後ほど良い結果があるんじゃないだろうかそのように考えます。”

-競技中には何を考えるのか気になります。

クァク・ミンジョン選手:“次のジャンプを考えます。 常にそうします。 スピンをする時増えた回転輪数を数えてよ。 スパイラルする時は秒を守らなければならないからその考えます。 そのまま行く時はジャンプを考えます。”

-制である気持ち良かった時はいつでしたか?

クァク・ミンジョン選手:“オリンピックの時. とても良かったです。 目標を成し遂げてより良かったです。”

フィギュア選手としてクァク選手の目標はオリンピックに出場して初日ショート競技で24位中に入ってフリー演技まで進出するということだったといった。オリンピック初めての出場に自身の目標を全部成し遂げたクァク・ミンジョン選手もヨナ姉さんだけは違ったが自ら難しい時期を体験した。

-オリンピックを終えてキム・ヨナ選手と何の話をしましたか?

クァク・ミンジョン選手:“ヨナ姉さんと大変だという話をたくさんしました。 オリンピックに合わせて全てのものを訓練してオリンピックが終わるとすぐにみな緩んでおいて。 また心をつかむのが大変でした。”

-どのように心をつかんだんですか?

クァク・ミンジョン選手:“試合をずっと走らなければならないということは変わりない事実であるから。 どのようにしてでも最後の力をみな絞り出して試合に出ましたよ。”

- 5月にカナダで行ってオーサーコーチと会うことになると思いますが。 主に訓練したい部分があるんですか?

クァク・ミンジョン選手:“表現力や動作のようなものをさらに育てますよ。

-オーサーコーチとはどのように一緒にすることになりましたか?

クァク・ミンジョン選手:“前からカナダで訓練したいという考えを持っていたが、オリンピックの時オーサーコーチ様が私を良く見られました。 オリンピック終わって私がカナダで練習したいという式をお聞きになっては快くこいとOKされました。”

-カナダ訓練で何が一番期待されますか?

クァク・ミンジョン選手:“プログラムです。 来年シーズンの時使う作品です。”

一般的なフィギュアスケートのプログラム価格は分当り十万~数十万ウォン線だが、有名振付け師らの作品は年間数千万ウォンの費用がかかったりもする。 お金与えるとそのまま受けることができることでもない。 キム・ヨナ選手は振付け師デービッド・ウィルソンに会った後からだ全体を使う表現力がより一層豊富になったという評価を受けた。 選手が持った潜在力を引き出すべきだから振付け師にはそれだけ専門性が要求される。 今回ミンジョン選手がカナダ訓練により一層期待感を持つようになったのもデービッド・ウィルソンがミンジョン選手のプログラムを組んでくれることに同意したためだ。

-この前ファンたちから‘貴料米’というニックネームを受けました。

クァク・ミンジョン選手:“はい、気に入ります。 感謝します。”

-ファンたちの期待が負担になることも同じです。

クァク・ミンジョン選手:“ある時は応援するファンたちが負担になる時もあります。 それでも応援される方々がない時よりは良いです。”

-ヨナ選手にパンをプレゼントするファンたちもいたがミンジョン選手はひょっとして受けたい贈り物があるんですか?

クァク・ミンジョン選手:“私もパンものすごく好むが、そのまま食べることならばなります。”

返事を終わらせたクァク選手は何か思い出したように目を輝いた。

クァク・ミンジョン選手:“ああそうだ、化粧品贈り物も受けてみたが、かなり良かったです。”

十六少女らしい率直な返事だった。

クァク・ミンジョン選手とお母さんノ・ソンヒ氏は来る5月10日仁川空港を通じてブライアン・オーサーコーチが待つカナダ、トロントに発つことになる。

お母さんノ・ソンヒ氏が話すオリンピック、そして世界選手権大会

-夢の舞台、バンクーバー冬季オリンピック

ノ・ソンヒ氏:“本来ミンジョンが目標がオリンピック進出でした。 一度は今回のオリンピック目標が何かという質問を受けたミンジョンが‘あの目標成し遂げました’と答えました。 そのような話を聞きながら少し驚きましたよ。 この子がオリンピック終わっては前にその大変な訓練らをどうであることがしていくか…そのような心配をしましたよ。”

フィギュア本戦初日、ミンジョンは24位をすれば翌日フリー競技に進出できるショート競技で16位を記録した。 カット通過であった。 ところで選手村で会ったミンジョンの表情には緊張感が漂った。 ノ氏は“緊張解いて。 君目標みな成し遂げた。 もう(リンクに)入って気楽に何の気軽にして出てきてもかまわなくて”と話した。 すると娘から“等数維持したい”という返事が帰ってきた。 意外であった。 翌日フリー競技で点数が発表されたしミンジョンは走るように喜んだ。 残った選手たちの成績に関係なく最小限前日順位の16位を維持できる点数だったためだった。

競技後行ったインタビューでミンジョンは“このように光栄な舞台にもう一度立ちたい”と話した。 ノ・ソンヒ氏には娘が大変な訓練を耐え抜く目標を持つようになったのが一番幸いだった。

-困難多かった世界選手権大会

バンクーバーオリンピックが終わってキム・ヨナ選手は自らも“壊れた”と表現した程にスランプに落ちた。 クァク・ミンジョン選手も“ヨナ姉さんと大変だという話をたくさんした”と話した。 ノ氏は“姉さんとは状況が違うでしょう”としながらもクァク・ミンジョン選手も困難が大きかったと話した。

まず環境の変化であった。 オリンピックが終わってクァク選手は世界選手権大会参加のためにカナダに発った。 韓国にはただ一日だけ留まった。 もし祝い雰囲気によって精神力が緩むことはないかと思ってのせた。

しかしカナダ生活はまた他の困難だった。 変わった住居環境とリンク、訓練システムに適応することは侮れなかった。 体力的な困難も大きかった。 今年1月シニア舞台にデビューするやいなや続いたオリンピック-世界選手権でミンジョンはたくさん疲れていた。 特にオリンピックを目標に電力疾走してきて実際に目標に到達したら気力がなくなることを避けられなかった。

世界選手権大会初日キム・ヨナ選手は衝撃の7位を記録したしクァク・ミンジョン選手も初めてのジャンプに倒れながら身体に無理行ってきた。 翌日フリー競技直前まで足を上げることさえも大変なほどであった。 それでもクァク選手はあきらめなかった。

ノ・ソンヒ氏:“後ほどミンジョンがそのような話をしました。 みな倒れることと考えたそうだよ。 私がこの状態でフリーをすればみな倒れるはずなのに、それならこれをみなあきらめなければならないのか。 しかし今放棄をすれば後ほどこういう状況がきた時、また、放棄をすることもできそうだという気がしたそうだよ。 それで今回はあきらめないことが目標ですって。”

-今年計画

ノ・ソンヒ氏:“直ちに次のシーズンよりは娘子供がオーサーの指導とウィルソンの振りつけを通じて表現力を味わって徐々に目を開くことになる2011-2012シーズンを期待しています。 2010-2011シーズン目標は今年ちょうどシニアに上がってきたクァク選手がシニア選手らしい面目を保っていくことでしょう。”

[2010-05-01 16:33] 元記事はこちらから

※デビッド・ウィルソン振り付けのミンジョンちゃんプログラム楽しみだ~。

ヨナたんの演技に対する批判は彼の振り付け作品への侮辱ということで受けとめてますけど(笑)わたしはウィルソンの、選手の魅力を引き出す振り付け好きだなあ。今期のジョニたんだってそう。

してキャラがまったく違うミンジョンちゃんにどんな振り付けをしてくれるんだか来期が今から待ちきれない~;;
コメント
この記事へのコメント
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2010/05/01(土) 20:39:48 | | #[ 編集]
ウィルソンの感性、センス大好きですどんなミンジョンちゃんを魅せてくれるんでしょヨナたんの今後気になってしかたありませんがっ来期のヨナたんもウィルソンメイドの素敵なプログラムを期待してます
2010/05/02(日) 00:44:10 | URL | ディアユナ #-[ 編集]
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