韓国のフィギュアスケート選手、キムヨナたんに関連するあれこれを韓国メディア記事中心に集めます!
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[バンクーバー冬季オリンピック]イバラの道越えてついに成し遂げた'少女の夢'
2010年02月27日 (土) | 編集 |
放棄分からない練習の虫2002年世界舞台初勝利
倒れて…折れて…冷酷な現実に挫折も


フィギュア女王の目に涙が溜まった。
キム・ヨナ(20・高麗大)選手は26日(韓国時間)バンクーバー冬季オリンピック女子シングル フリースケーティング演技を終わらせた後両手で涙をふいておりた。13年の間フィギュアスケーティングをしながら最も待った瞬間に最高の演技をした後自然にできた手にあまった感激だった。客席では熱い歓呼と満場の拍手が起こったし電光掲示板には歴代最高の150.06点がつけられた。

一日ももれなく氷滑りをしてあきらめなかったフィギュア妖精は世界の人が見守る中でフィギュア女王にそびえ立った。 国民の行き過ぎた期待にともなう負担感と'強力な優勝候補は金メダルを取れない'という女子フィギュアでのオリンピック ジンクスも全部ぬぐい去ってキム・ヨナは自身の偶像さえ跳び越えた。

◇7才子供,ミッシェル・クワンを夢見る=

両親の手に引きずられて果川室内アイスリンクを探した子供キム・ヨナはフィギュアスケーティングをする少女から視線を離すとは思わなかった。 両親を締めて直ちに講習班に登録したし7才子供はわずか数ヶ月ぶりにコーチから'選手で育ててみよう'という話を聞いた。

フィギュアを始めて2年後小学生キム・ヨナはTVで幻想的な技術をお目見えする女子フィギュア選手にぐっしょり陥った。美しい姿に線の太い演技を披露した彼は当代最高のフィギュアスターであったミッシェル・クワン選手であった。キム・ヨナはビデオを一日にも数十回ずつ回してみてミッシェル・クワンをまねた。同じ年頃友人らどうしフィギュア スターの役割を受け持ってオリンピックに出場したように演技する'オリンピック遊び'でもキム・ヨナはミッシェル・クワンを引き受けた。

◇なる時まで放棄を分からない練習の虫=

キム・ヨナは12才の時米国,コロラド現地訓練で自身の長期のトリプル トウループジャンプを初めて 成功した。 弱いからだにワイアーを付けて成功した時練習を止めなかった。 キム・ヨナは自身の自叙伝の'7分ドラマ'で"今日成功できなければ家に行かないと考えて歯をくいしばって練習した"と当時を回想した。 苦痛の実は甘かった。 キム・ヨナは去る2002年スロベニアで開かれたトゥリグルラブ トロフィー大会に出て行ってヨーロッパ選手たちを抜いて堂々と1位を占めた。 当時トリプルジャンプを無理なしで消化した選手はキム・ヨナだけだった。

◇イバラの道を破ってきたフィギュア妖精=

世界舞台で勝利した後フィギュアは'遊び'がでない'冷酷な現実'になった。 明け方から深夜まで続く練習に疲れた少女は結局2003年冬季体育典を控えてフィギュアを止めると爆弾宣言をした。 彼女の話にびっくりしたキム・セヨル当時コーチは"全国体育典だけでも出て行こう"と説得したしキム・ヨナはトリプル5種ジャンプを完ぺきに消化した後優勝した。

国家代表で選抜されたが苦痛の瞬間は続いた。大会直前まで足に合うブーツを求めることができなくて気をもまなければならなかったし膝と腰,尾骨と股関節負傷で全身はそれこそ満身瘡であった。特に2006年ジュニア選手権大会を控えては足に合うブーツがなくて引退まで考慮したほどであった。

◇フィギュア女王にそびえ立つ=

キム・ヨナはあらゆる困難の中でも各種世界大会をさらって世界の注目をあびた。2006年3月ジュニア世界選手権大会で足首靭帯負傷を勝ち抜いて韓国選手では初めて金メダルを取り出したのに続き2006年11月シニアでデビューして11月カナダで開かれたグランプリ シリーズでショートプログラム1位を占めた。引き続き開かれたグランプリ シリーズ4次大会では総合優勝をおさめたし12月グランプリ ファイナルでも韓国選手では最初に金メダルを取り出した。

2007年にはショートプログラム世界新記録(71.95点)を置き換えて女子選手では史上三番目にグランプリ シリーズとグランプリ ファイナルで全部優勝した。 彼女は以後出てくる大会ごとに優勝をおさめてショットとフリー,総点全分野にわたって世界新記録を六回も更新した。 女子選手では史上初めて210点台を突破すると今回のオリンピックで夢の点数の228.50点を受けてフィギュア女王で登板した。

[ソウル経済 2010-02-26 18:55] 元記事はこちらから

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