韓国のフィギュアスケート選手、キムヨナたんに関連するあれこれを韓国メディア記事中心に集めます!
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[ピープルQ]キム・ヨナとともに泣いて笑った3年…スポーツ キャスターペ・キワン インタビュー
2010年03月15日 (月) | 編集 |
国民皆が感激した金メダルの現場にはいつも彼がいた。 SBSのペ・キワン アナウンサーがその主人公. ‘金メダル アナウンサー’という愛称に似合うように彼は2008年北京オリンピックではパク・テファン,2月バンクーバーオリンピックではキム・ヨナ選手の金メダルの便りを生き生きと伝えた。

私の忘れることのできない瞬間ら

“あなたのために幸せでした”- 2010年ヨナ金メダルの時涙も,話も惜しんで
“ウアアッ! 泣いても良いです”- 2008年パク・テファン金メダルの時ぎゃあぎゃあ大声を出して


大韓民国のスポーツ歴史がオリンピック舞台で新しい転機をむかえる時二回もその現場を最も近くで生き生きと伝達した人がいる。

2008年北京オリンピックのパク・テファン,そして2010年バンクーバー冬季オリンピックでキム・ヨナが金メダルを首にかけた時彼らと共に現場で泣いて笑ったスポーツキャスターSBSペ・キワン アナウンサー(50).

すっきりしていて無駄ない進行で‘節制された名品進行’という好評を聞くが,時には現場の感動と興奮を過度に率直に(?) 伝達する叫びと激情の進行スタイルのために視聴者の怨念の声も多く入った。 だがこの頃ペ アナウンサーの顔には笑い花が離れない。

韓国スポーツ史に久しく残る金メダルの現場を生き生きと伝達したというやりがい,それで彼は“誰がなんと言っても私のように幸運なキャスターはないだろう”と躊躇なしに話す。

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-スポーツ中継を聞く時と全く違う感じだ。ファッション感覚が格別なようで。
(この日彼はこの頃流行のジーンズ,紫色シャツ,白色スニーカーズ姿に出てきた)

“事実アナウンサーらが画面に実際よりやぼったく出てくる(ハハ). 格式が重要なゴルフ中継をする時を除いてゆっくり着る。 年齢五十才を越えたがまだジーンズを楽しんで着る。 この頃は周囲で人々がたくさん調べてみるのに皆驚かれるようだ。”

-冬季オリンピック フィギュア中継が‘すっきりしていて節制された名品進行’と好評が多い。

“他の種目と違いフィギュアはキム・ヨナ選手のおかげで何も分からない一般人から専門家まで多様だ。全部満足することは容易ではない。話をとてもたくさんすれば‘没入に邪魔する’で非難を受けて,反対に競技感想を邪魔しないように話をとても減らせば‘中継を正しくしているのか’という非難を聞いて,それでキャスターという職業が難しい。”

-それでも絶妙に両側を満足させることができる方法を探したようだ。

“それで自ら進行の公式をたてた。選手が登場する時は一般的な情報と今回のプログラムに使われる音楽などを説明する。だが競技する時は最大限説明を減らす方法だ。”

-中継の時話をとても惜しめば一般視聴者が理解するのに難しいのではないか。

“例をあげればキム・ヨナがトリプルループを成功した時は‘最高のジャンプであった’と短く話す。 国民皆が息を殺して見守る瞬間にトリプルループに対して色々切切に説明をするか。 具体的な説明は後ほど戻してみること(リプレー)をする時話せば良い。 私が考えるフィギュア中継の美徳は視聴者が氷の上にスケート刃が過ぎ行く音など現場の感じを十分に満喫運があるようにすることが重要だ。”

-人々の反応が2008年北京オリンピックの時パク・テファン選手競技の時と両極端だ。

“当時の色々な人々に‘中継はなくて大声だけある’という話を聞いた。 だが4分10秒の間の中継を最後まで聞いてみればそのように言えないと考える。 その時出発信号が鳴って100mを回るときまでは普段のとおり進行をした。 ところで400m決勝点が近づいた時パク・テファン選手が1位が有力だった米国チェンセン選手を締め出して先頭に入ってきていた。 果たしてその状況でどんな物静かな説明や紹介が必要だろうか。 それで現場の感じを率直に入れて‘なったよ! 今はなった’,‘泣いても良いです’と話した。

-自身の中継スタイルに対する批判が空しくはないのか。

私の中継スタイルに対して‘とても感性的だ’ ‘大声を出す’で批判があるのを分かる。しかし全体でないどちらか一つの部分だけ見て売り渡すならば‘スポーツ中継をしてはならないか’という残念に思う心が入ることもした。私が声量が良くなくて大声を出せば不都合に聞こえられるのに,それをおぞましく聞いたとすれば申し訳ない。”

-スポーツ中継をしようとするなら該当種目の幅広い情報と知識が必要なようだ。

“どんな種目をするのか中継が決定されればその日から情報収集の戦争を行う。 誰が如何に多い資料収集をして勉強をするかにより中継の質が大きく変わる。 今回のバンクーバー冬季オリンピックは1年の間準備した。 そのように用意した膨大な資料を選んでA4用紙1~2枚に要約する。 それでもそれを全部中継に使うのではないがそれでこそ心づよい。”

-キム・ヨナ選手が金メダルを取る瞬間のコメントもあらかじめ準備したことなのか。

“重要な瞬間に言葉が絡まったりそわそわすることができるという点を考慮して簡単なコメントは予め書いて置くほうだ。 だがその時はキム・ヨナ選手の涙を見てそのまま胸で言葉があふれた。 ‘その間私たちが抱かせた負担,私たちがまた担います。 あなたは幸せなスケーターといったが,あなたのために私たちが真に幸せです’という言葉が浮び上がった。 ちょうど涙が出たがキャスターが冷静でないというかと思って無理にこらえた。”

-タチアナ・タラソワで由来した‘ペラソバ’と‘金メダル アナウンサー’というニックネームがある。

“初めにキム・ヨナ選手が‘ペラソバおじさん’と呼んだ。 キム・ヨナ選手のお母さんもそのように呼んだし。 認められているようで気分が良かった。 ところでタラソワが浅田真央のコーチになって順次なくなったよ。 この頃は中継する種目ごとに金メダルを取ると気持ち良いニックネームをついて下さって本当に感謝する。”

-スポーツ中継はいつからしたのか。

“1987年春川MBCでアナウンサーを始めた。 当時春川には1年に二回マラソン大会があった。 8年の間マラソン中継をしながらスポーツ現場の感覚を習った。 そうするうちに1996年 SBSに経歴アナウンサーで入社して一ヶ月ぶりに野球中継をすることになった。 以後水泳,フィギュアまで種目が広くなった。”

-スポーツ中継する時キャスターとして最も難しい点は。

“意外な状況が広がる時一番堪え難い。 2002年キム・ドンソンとオーノの競技中継をする時最も大変だった。 その時チョン・イキョン委員とむくっと起きて話にもならないと興奮をした。 前にあった紙も投げてそうしたが…. 今回の女3000mリレー金メダル失格も似た状況だった。 審判の結果だけ待たなければならない曖昧な状況でキャスターとしてどのように,何の話をして対処するべきか難しい。”

-種目により中継をする方法やスタイルが違っているか。

“代表的にゴルフは決して大声を出してはいけない種目だ。 最も教科書的な進行,すなわち母をおろして清潔にコメントをしなければならない。 反面野球は競技流れの起承転結により中継を合わせなければならない。 これに比べてフィギュアはスポーツと芸術がより増した種目だ他の種目もそうだが特にフィギュアは視聴者たちが試合を見るのではなく感じられるように重点を置く。”

-お父さんが中継する試合を見て家では何というか。

“娘が二人だが,今は別に取りまとめてみないようだ。 二番目が高校生である時学校講堂で2008年北京オリンピックで私が中継を引き受けた野球とアーチェリー競技を解き放したという。 その時までクラスの友達らは私の職業がアナウンサーかわからなかった。 親しい友人が今中継する人が‘この子パパが’と話したところ,クラスの友達らが祝賀したといったよ。 それで中継途中文字を送ってきた。 ‘パパもスターなったし,おかげで私もスターなったよ!’といった時満たされた。”

-これからもフィギュアはずっと中継を引き受けるのか。

“今回キム・ヨナが出場する2010年トリノ世界選手権大会は後輩のイヒョンギョンキャスターが中継をする。これからは本来主種目のゴルフを重点的に中継するようだ。野球やフィギュアなど人気種目は一人だけすることができるか。もう後輩らに譲り渡さなければならない。その間私が積み重ねたノウハウや資料を共に…。”

[TIP]ペ・キワン アナウンサーは?

漢陽大学校生物学課を卒業して1987年春川MBCアナウンサーで入社. 以後スポーツ中継をして1996年経歴アナウンサーでSBS入社. 以後20年目スポーツキャスターで仕事をしている。 1998年バンコク アジア競技大会から2004年アテネ オリンピック,2010年バンクーバー冬季オリンピックまで主要競技中継に参加した。 2008年大韓民国アナウンサー大賞でスポーツキャスター賞を受けた。 現在の毎朝放送する‘良い朝’をチェ・ヨンア アナウンサーとともに受け持っていて,毎週月曜日夜放送する‘ SBSゴルフ’も受け持っている。

[スポーツ東亜 2010-03-14 18:40:37] 元記事はこちらから

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おちゃめさんですね^^

※ペキワンアナウンサーの感動実況過去記事は(こちら)。ヨナたんとヨナママとも親しそうですね^^
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